知夫里島のジャー巻神事
隠岐諸島の島前・知夫里島のジャー巻神事は毎年11月28日に島内の7つの地区(集落)にて行われます。この神事は、地区の有志で集まり藁を綯えて約12mのジャー(藁蛇)を作るところから始まります。作られた藁蛇は地区の荒神様を祀るご神木などに巻きつけて厄払い・五穀豊穣などを祈願します。この「ジャー」は蛇の漢字を当てていますが、藁蛇には「角」もあることから「龍」の姿にも見えます。行事に参加された地域の方も「角があるので、おそらく龍を表しているのではないか」との見解でした。この「ジャー」が龍・蛇を象っているの理由は諸説ありますが、おそらく龍蛇神の信仰に由来しているとも考えられます。水に住む龍と地に住む蛇の信仰が合わさったこの信仰において、龍蛇神は厄払い・家内安全や開運招福などの守護神として広く崇敬されています。
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【写真:知夫里島郡地区のジャー巻】
龍蛇信仰と出雲大社の神迎神事
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【写真:神迎神事が行われる稲佐の浜】
龍蛇信仰について島根県出雲市に鎮座する出雲大社での一例をご紹介します。出雲大社で旧暦の神無月(出雲では神在月)に全国の神々が集まり、神事(幽業、かみごと)つまり人には知ることのできない目に見えない事柄について会議をします。この神々の会議は神議り(かみはかり)と呼ばれています。この神議りの為に全国の神様が出雲に集まります。出雲大社近くの海岸「稲佐の浜」では神々を迎える神迎神事が行われており毎年多くの人が見学に訪れています。この神迎の際、全国の神々を先導するのが大国主大神の御使いである龍蛇神とされており、南方の海から対馬海流に乗って稲佐の浜に漂着したセグロウミヘビは神社に奉納され龍蛇神として厚く信仰されています。このように古くから龍蛇神は深く人々の暮らしと結びつき人々の信仰の一部をなってきました。知夫里島のジャー巻が龍蛇を象っているのもそのような由来からなのかもしれません。
知夫里島薄毛地区でのジャー巻神事
今回、知夫里島の薄毛地区のジャー巻神事の様子を取材しました。ジャー巻神事は11月28日の朝8時から行われます。地区の有志で集まり、藁をたたいて細かい草を取り除き芯となる茎の部分を集めていきます。こうすることで硬くしなやかな藁蛇が出来上がります。参加者の中には小さなお子さんの姿もあり、昔は小さいジャー(藁蛇)を子供が作っていたこともあるようです。
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【写真:藁をたたいて硬い茎の部分をまとめる様子】
このジャー巻神事で使われる藁は、以前は海士町など隠岐諸島の稲作が盛んな他の島から取り寄せておりましたが、現在では本土島根県の飯南町などから取り寄せているそうです。飯南町には大しめ縄創作館という施設があり、有名な出雲大社神楽殿の全国最大級の大しめ縄を始めとした全国の神社で使われる大きなしめ縄が作られています。また、通常の稲作で脱穀作業などを経た藁は傷んでしまいしめ縄づくりには不向きなため、このしめ縄づくりで使われる藁は専用の田園で育てられているそうです。かつては知夫里島でも稲作が行われていましたが、過去に水害があり現在では島内では稲作が行われておらず、近年は藁の確保も大変な課題であるとのことでした。
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【写真:ひらひらとした葉の部分は取り除かれ硬い茎の部分がジャーに使われます】
藁たたきの作業が終わり、ある程度選別した藁の量が確保できると一部の人たちは藁を綯えて藁蛇の頭部を作り始めます。頭部は、上顎、下顎、舌、右耳、左耳の5つの部品と2本の「ツノ」から出来上がります。これらの部品を組み合わせて頭部をつくります。蛇の胴体部分を作る藁も必要なため、引き続き藁の選別を行う人もいます。
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【写真:上顎、下顎、右耳、左耳、舌、2本の角から成る頭の部品をそれぞれ分かれて作成します】
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【写真:パーツを組み合わせて蛇頭が形作られます】
蛇の頭部が完成した後は、紐で頭部を吊り上げて胴体の芯となる縄を中心に通します。そしてこの縄を芯として藁蛇の胴体を数人がかりで編みこんでいきます。これまでは一人ずつ作った部品を組み合わせていましたが、ここからは「藁蛇を吊り上げる人」や「藁を編み込む人」、「新しい藁の束を手渡す人」などいくつかの役割に分かれてまさしく参加者総出で制作作業が行われます。
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【写真:藁蛇の胴体を数人がかりで作成します】
出来上がった藁蛇は、地区の御堂の裏にある荒神様を祀るご神木などに巻きつけられます。この時にご神木には藁蛇を七巻半巻きつけます。地区によっては内容に異なりがあり、七巻半巻きつけないが、蛇の長さは七尋半(約11.4m)の長さで決めている地域もあります。
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薄毛地区では完成したジャーを巻き付ける櫓(やぐら)のある場所まで運びます。多くの地区ではご神木の近くでジャー作りをするため、このようにジャーが村を練り歩く地区は限られます。
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【写真:薄毛地区のジャー巻、この地区ではご神木ではなく櫓に巻き付けがされています】
古来より7巻半は日本において神聖な数とされており、神様の使いの白蛇がとぐろを巻く姿は七巻半で描かれています。基本的な神事の内容は共通していますが、各地区で藁蛇の大きさや姿、巻き方など特徴が異なっているのも知夫里島のジャー巻神事の面白い特徴です。また、藁蛇を巻きつける前にはお神酒でお清めを行い、お神酒、塩、頭付きの魚などが一度供えられます。巻きつけ作業の前または後には参加者へお神酒が二献ずつ振舞われて神事が終了します。
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【写真:ご神木へジャーを巻き付ける様子①(多沢地区)】
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【写真:ご神木にジャーを巻き付ける様子②(郡地区)】
今回ご紹介したジャー巻神事の藁蛇は、一説では神社にある「しめ縄」の由来ともされており、日本の文化の由来にも触れることができます。またこのジャー巻神事は観光にも活かされていて、小さなミニジャー作り体験も知夫里島では行うことができます。ぜひ隠岐諸島・知夫里島へのご旅行の際には各地区の「ジャー」を探してみたり、ミニジャー作りを体験して島の文化に触れていてははいかがでしょうか。
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【写真:来居地区のジャー巻】
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【写真:島の文化に触れるミニジャー作り体験もぜひ】
ミニジャー作りの体験予約はこちらから♪
https://www.e-oki.net/experience/6351/
ジャー巻神事の様子をInstagramでも動画でご紹介中
隠岐ジオパーク推進機構の公式Instagramでも今回のジャー巻神事を動画にてご紹介しております。下記のリンクよりご覧くださいませ。