「考えるより感じろ!」 飄々と島を遊ぶ、アドベンチャーの達人
「隠岐は、冬の北西季節風が引き起こす荒波で海岸が削られ、独特の浸食景観ができた」…と、隠岐ユネスコ世界ジオパークのパンフレットには必ず書いてある。
さらっと読めば「へぇ〜」で終わる。でも、知識で終わらせない方法がある。五感で味わうことだ。断崖の垂直っぷりを、圧倒的な大きさを。岩や海の色を、音を、風の匂いを。
「ジオパークの魅力はコレだよって、俺はあまり言わないかな。自分で感じてほしい」
そう語るのは、一般社団法人「隠岐ジオパークツアーデスク」の石川 樹さんだ。
「俺、遊びが大好きだから。知識ももちろん大事だけど、それよりも、心地よくアウトドア体験に浸ってもらうことを重視してます」
その日、石川さんが誘ってくれたのは、シーカヤックを漕いで海の洞窟へと向かう旅。
太古の昔から波に削られ続けてきた(そして今も削られ続けている!)“現場”を目の当たりにする、小さな冒険だった。
ツアーデスクは、隠岐の島町西部のアクティビティ拠点として、主に西海岸でのアウトドアレジャーをガイドしている。海遊びや山登り、キャンプやサイクリングなど様々なプログラムがあり、中でもカヤックツアーは人気が高い。
都万(つま)地区の海洋スポーツセンター内にツアーデスクの事務所がある。そこから車で10分弱、小津久(おづく)という海岸がカヤックツアーのスタート地点だ。
この日は久しぶりの凪。透明度の高い海が穏やかにきらめく。安全確認は抜かりなく、カヤック初心者にも丁寧にパドルの使い方を説明をする石川さん。
目の前に、ほぼ直角の断崖絶壁を見ながら、いざ洞窟ツアーへと漕ぎ出した。
「あの岬にカヤックの先を向けて進みます。遠くに見えているのは島根半島です」
本土までの距離は約60kmで、晴れた日には鳥取県の霊峰・大山が見えることもあるそうだ。同じく左側にハッキリと見えているのは島前3島だ。ひとかたまりのようだが目をこらすと、西ノ島、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)が重なって見えている。フェリーで渡ると1時間以上かかるが、距離は約12kmだという。意外と近い。
視線を右へ移すと、そびえ立つ海食崖に目を奪われる。ボコボコと穴があいたり生々しく削れた白い岩肌。白いのはアルカリ流紋岩だ。その崖の上には緑の松が生え、秋晴れの青空をバックに、芸術的なオブジェのようにも見える。
しばらく漕いでいると、洞窟が近づいてきた。海食洞と呼ばれる、風と波が作り出した天然のトンネル。長さは約40mあり、通り抜けられる洞窟としては島後最大だという。水深は浅く約3mで、手前の海がグリーンに光る。中は涼しく、見上げると穴だらけだ。
「昔話があってね。山で仕事中に、お弁当を穴に落っことした人がいて。そのお弁当が、この洞窟に出てきたっていうんですよ。山の上の穴がこの洞窟につながってるって」
洞窟を通り抜けると、高さ100mはあろうかという高い崖が続いている。この辺りは「大屋の湾処(わんど)」と呼ばれているそうだ。
壮観な風景の中に、15mほどの小さな滝が糸のように流れているのが見えた。
「今日はちょろちょろだけど、大雨があるとすごい流れになる。あの滝の上に登ってみたら、そこから見える夕陽が凄かったんですよね。忘れられない。好きな景色の一つです。俺はいつも、まだ見ぬ景色を隙あらば探してる感じですね」
「実は隠岐にも、“青の洞窟”があるんですよ」。そう言って石川さんが連れて行ってくれたのは、まさに神秘の空間だった。鮮やかなエメラルドグリーンに息を呑む。海底の白い砂と、絶妙な角度で入る太陽光の賜物。洞窟の中で、こんな色に出会えるなんて!
出口はギザギザの額縁のよう。天井には鋭角に削れた無骨な岩が、海面はなめらかに輝く緑の宝石。外には白い崖、そこにはまた別の小さな洞窟が黒い穴をあけている。まるでファンタジー小説の世界に入り込んだ気分になる。
そこへ聞こえてきたのは、ドドーン・・・と響く太鼓のような音。洞窟の中で波が壁に打ち付ける音が反響しているのだ。
「こうやって削られていくんです。まさに、洞窟ができていくプロセスを見ています」
地球規模の壮大な時間の流れの中で、地形は常に未完成。洞窟や岩のアーチは、少しずつ形を変えていく。
「カヤックで島の周りを巡ると面白いですよ。毎日のようにカヤックを漕いでいるけど、そのたびに発見がある。あの岩、サザエに見えるな〜とか。思い切って突っ込んでいくと抜けられたりして。いつも面白そうな何かを探している。毎日が冒険ですね」
石川さんは、夏はカヤックツアーのガイドが中心となるものの、アウトドア系全般を担当し、トレッキングやキャンプもお手のものだ。
自身は東京生まれだが、母親が隠岐の島町の出身。Iターン者ではあるが、物心つく頃には毎年、夏はこの島で過ごしていた。
「子どもの頃、フェリーを降りたらそのまま家まで歩いて、玄関入ってただいまー!って言って、荷物を置いてそのまま裏口から出て海へ飛び込んで、夜まで釣りする。そんな日々。今はもう護岸工事で埋められたけど、家の裏口を出たら目の前が海でした。桟橋があって、そこから釣りしたり、ドボンと飛び込んだり」
海遊びはすべて、子ども時代に隠岐で覚えた。十分に“隠岐っ子”だ。
「昔も今も海は大好き。父親も釣りが好きで、しょっちゅう一緒にしてました。自然の中で遊び始めたのは父親の影響です。そう思ったら、アウトドア歴は30年を超えてますね」
以前は神奈川で約10年、換気扇などの機器の設計・製造・販売を行う会社で働いていた。その後は山形に移住して、ものづくりの勉強をしつつ、友達と二人で珈琲屋を営んでいた。
「その時にじいちゃんが亡くなって、ばあちゃんが一人になっちゃったから、隠岐への移住を決めました。29歳くらいの頃です。ばあちゃんが好きなのはもちろんだけど、小さい頃から、いつか隠岐に住みたい!ってずっと言ってましたから。山形では山のほうに住んでて、海まで2〜3時間かかったけど、隠岐では海が近いですしね」
そして2018年春、隠岐へ。移住というよりは帰ってきた感じだったそう。その後すぐ、地域おこし協力隊としてツアーデスクで働くことを決めた。ここでの勤務は6年目になる。
「ガイド業は初体験だったけど、先輩の仕事を見て盗む感じで身につけていきました。カヤックはほぼ独学です。安全管理も自分で考えて、海の危険な場所を確認して、救助のやり方も練習して。時には危ない体験もしながら、実践でスキルとノウハウを蓄積していきました。天気を予測したり、海の動向を判断するセンスも多少は培われてきたかな〜と思ってます」
施設内のカフェカウンターで珈琲を出すようになったのは、石川さんが来てからのことだ。かつて珈琲屋を営んでいた経験を活かして、豆の焙煎も行い、こだわりの珈琲を淹れている。
観光客の利便性も考えて、ここをレジャー拠点にするため少しずつ充実させてきた。テーブルのほか、手作りしたインテリアも多い。気に入ったアウトドアグッズもコツコツ揃えた。石川さんにとってここは、愛着ある遊び基地みたいなものなのだろう。
「仕事は好き。もともと好きなことだから楽しいし、やりがいもある。隠岐の観光業界はまだ発展途上で、こういうところが足りないよな〜という部分があるのもいい。改善する余地があるのを逆に楽しく感じています。もともとやっていた仕事と似てるところがあるんで。ものづくりって、問題点を改善したり、危険性を取り除いたりする作業が必須でしたから。業界は全然違うけど、前職での経験や視点が今も活きていますね」
「プライベートでも、島のフィールドについて自分なりの開拓を続けてます。絶景ポイントを見つけるとめちゃくちゃ嬉しい。うわぁぁ〜こんなとこ俺しか知らねえだろうな〜!!みたいな景色を見つけるとテンション上がりますね。パッと目の前に開けた海、崖の上から見晴らす海、気持ちいいです。逆に、山に入っていって、木々に囲まれて逃げ場がないような場所も好き。ここをどうやって攻略すれば抜けられるかって考えると楽しい。100mの滝を登ったりもしますよ。すごい景色と出会えるかも…とわくわくしながら」
ある意味、自然を相手に課題解決型のゲームを楽しんでいるようなものかもしれない。やればやるほど経験値が上がる。
「いざガイドを始めて、あ、隠岐ってこんなにすごいんだ〜って改めて気付くことが多々ありました。興味があるお客さんでしたらもちろん地形についての詳しい説明もしますけど、単純に、その岩を見て、その場所を気持ちいいとか面白いとか感じてもらえたら、それでいいかなって俺は思ってます。大地、自然、人の暮らしや歴史、全部ひっくるめてジオパークです。でもそれを言葉だけで伝えるのは難しい。教科書のようにジオパークの定義を教えるよりも、その人なりの面白さを見つけてもらったほうがいいと思うんですよね。学校に講師として呼ばれることもあるけど、子どもが相手でも同じです。教える『先生』はしたくない。一緒に遊ぶ。遊び人でいたいんですよ」
「これからは人材育成も考えたい。アウトドアガイドの団体を作っていけたらいいねと友達とも話しているんです。皆で島のツアーガイドのレベルを底上げしていけたらいいなと」
その取り組みは、自分自身がごきげんに遊び続けるだけでなく、他のツアーガイドや観光客がもっと楽しめて、隠岐の観光業界全体がより良くなるためのチャレンジでもある。
「ツアーデスク独自のプログラム開発も常に考えています。安心してアドベンチャーを楽しめるようなプライベートツアーをもっと増やしていきたい。冬のアウトドアだって、雪山ツアーとか、めちゃ寒い日にテント張って中で温かい鍋を食べるとか、遊べるプランが色々あります。こんな体験をしてみたいって、相談してもらえたら嬉しいですね」
隠岐の自然が見せてくれる新しい景色に日々ときめきながら、飄々と遊ぶ。そんな石川さんのガイドツアーが心地よくないはずがない。ジオパークという“大地の公園”で遊び、「考えるより、感じたい。冒険したい!」という方なら、心が満ち足りること請け合いだ。
取材・記事/小坂 真里栄(ライター)
My Favorite/塩の浜を望むテラス
職場のテラスです。ここが俺の一日の始まりと終わり。朝、出勤して珈琲淹れて、飲みながらタバコ吸って、海を眺めて、今日はどんな感じかな〜って考えてます。一日の終わりにも、珈琲飲んで一服して、心を整えて終わる。春と秋には、ここから夕陽が海に沈むところまで見える日もあるんですよ。
目の前の海は、塩の浜と言います。レンタルで砂浜カヤックやSUP、シュノーケリングもできます。遠浅だから子どもも安心して遊べて、水温が高い間は夜に海ホタルも見られます。秋から年末まではイカが寄りますよ!とても大きな、ソデイカ(アカイカ)というイカです。
そんな塩の浜を眺めながら、このテラスで一人、まったりするのが至福の時間です。
ー★追記-----
隠岐のガイドは、各自がユニークな専門性を持つプロフェッショナル。
彼らとめぐるツアーは、隠岐諸島が紡いできた数万年の時間を感じられるものです。
<大地の成り立ち>、<独自の生態系>、<人々の営み>をベースにした案内で、島に暮らす人だからこそ伝えられるストーリーが最大の魅力
隠岐のガイドは、はるばるやってくる旅人の皆さんに、島の情念を深めてもらう伝え手です。
圧倒的な地球のダイナミズムも、小さく受け継がれる人々の営みも、見るだけでは分からないことばかり。
ガイドツアーに参加することで目の前の景色が彩られ、島の解像度は上がります。
時間をかけて来る場所だから、心がよろこぶ豊かな旅を
過ごしていただくために、島のガイドにスポットを当てた特設サイトが誕生しました!
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