百聞は一見に如かず。楽しさを追求した隠岐の冒険ガイド
隠岐の島町の南西部に位置する都万(つま)地区には、隠岐諸島最大の砂浜「塩の浜」が広がっている。遠浅で穏やかな海と、どこまでも続くような長い砂浜が特徴で、毎年多くの人々が訪れ、海水浴や砂浜でのひとときを楽しむ。この塩の浜を拠点に活動しているのが、(一社)隠岐ジオパークツアーデスクというガイド団体である。
ツアーデスクでは、隠岐ならではの地域資源を活用した豊富な体験プログラムを提供している。また、塩の浜には「海洋スポーツセンター」と呼ばれる観光拠点施設が立地していて、キャンプ場を運営しているほか、観光ツアーの受付窓口にもなっている。
一番人気の「洞窟カヤック」は、外洋の透き通った青い海を漕ぎながら、神秘的な海岸洞や断崖絶壁など、海の上からしか見られない絶景を体感できるマリンアクティビティ。また、「サンセットカヤック」は、塩の浜から外洋へ漕ぎ出し、日本海に沈む夕日を眺めるロマンチックなプランとして人気を集めている。リラックスしたい方には、湾内で安全に楽しめるSUP(スタンドアップパドルボード)や「砂浜カヤック」もオススメだ。初心者でも安心して挑戦できるアクティビティは、多くの旅行者や修学旅行生に親しまれている。

↑SUP(スタンドアップパドルボード)をしている様子
さらに、専門ガイドが同行するツアーでは、隠岐の地質や生態系、歴史文化について学ぶことができる。隠岐独特の自然環境を深く知ることができるため、自然好きな方や学びを求める方にも好評だ。このように、ツアーデスクは、隠岐の魅力を訪れる人々に伝え、“ここでしか味わえない”体験を提供する拠点として、重要な役割を担っているのだ。
この団体の立ち上げメンバーの一人であり、現在ガイドとして活動している齋藤正幸さんは、隠岐の魅力についてこう語る。
「隠岐では世界的に珍しい地質が見れらることはもちろんですが、他の数あるジオパークと比べて、単純にその美しさやダイナミズムを感じられるところが特徴だと思います。観光客の方からは、海の透明度が高いといった反応や、海外の観光地と比べても引けを取らないといった意見も多いです」
隠岐の海を堪能するにはカヤックに乗るのが一番だと聞き、ぜひ挑戦したい気持ちでいっぱいだったが、この日はあいにくの時化模様。実際、カヤックツアーは天気の影響でキャンセルになる場合もあり、今回はカヤックツアーがキャンセルになった場合に実施している海岸の絶景ツアーに出かけることになった。
「地質と言うと、なかなかイメージが湧かないと思いますが、隠岐の海岸沿いを歩いてみると数百万年前の溶岩の迫力を体感することができますし、火山島の地質の上に育まれた植物やそこで暮らす小動物、島ならではの人の暮らしや歴史など、初めて会うお客さんと雑談しながら、現地の様子を伝えるようなガイドをしています」
今回のツアーでは、ただ歩くだけでなく、ガイドの解説によって自然や地質について学び、島の成り立ちや歴史を知る楽しみが加わる。隠岐の島町は隠岐諸島の中でも地質的な魅力に富んでいるそうで、隠岐の新たな一面を発見できる貴重な体験となりそうだ。
最初に訪れたのは、都万地区に位置するアルカリ流紋岩を間近に観察できる岩場。
「アルカリ流紋岩という言葉は、ほかの観光地ではあまり聞かないマイナーな言葉ですが、隠岐諸島が国立公園に指定された理由の1つでもあります。実は、隠岐諸島は「アルカリ火山岩類」と呼ばれる、ナトリウムやカリウムを多く含む溶岩で出来ています。」
「地質研究者は、隠岐の溶岩を大きくはアルカリ流紋岩、粗面岩、アルカリ玄武岩と分けていて、ここで見られる流紋岩は、約550万年前に噴火した溶岩です。その名のとおり、流れるような縞模様と白色が特徴的で、島の西側に広がる海岸線や山々の多くが、この流紋岩で形成されています」

↑この縞模様は、マグマが流動した跡である「流理構造」と呼ばれている。
その後も、車で齋藤さんの隠れたおすすめスポットをいくつか巡る。車を駐車場に停め、険しい岩壁や草木をかき分けながら進む道中には、普段なら見逃してしまいそうな珍しい植物や個性的な岩石が点在している。
そのたびに、齋藤さんは立ち止まり、特徴や歴史を丁寧に解説してくれた。

↑海流や風の影響を強く受ける地形であることから、海外からも海洋ごみが流れ着く。
「隠岐の島の有名な観光地は、基本的に団体バスツアーを想定して整備されています。しかし、今回のツアーの魅力は、そうした“お決まりのルート”を離れ、車がやっと一台通れるほどの細い道や、時には民家の裏手を抜けた先にある絶景を見てもらいます。『住民の家の裏道を5分歩いたら、そこは絶景でした』が、このツアーのコンセプトです」
観光客が少ない時期は、地元の人も忘れつつある場所を探検し、将来的に活用できそうなネタ探しをしているそうだ。

↑奥には西ノ島町と海士町が見える。
斎藤さんは、隠岐の島町の都万地区にあるツアーデスクからほど近い場所に今も住んでいる。高校進学を機に島を離れ、大学卒業後に広告代理店に勤務。その後、友人の誘いを受けて中国・上海の日系飲食店で働き始めた。さらに、中国でCMや映像制作のクリエーターとして活動するなど、異国の地で仕事の経験を積んだそう。しかし、30歳を迎えた斎藤さんは、「ふるさとで何かをしたい」という思いを胸に、隠岐の島町にUターン。
そのタイミングで出会ったのが「隠岐ジオパーク戦略会議」の求人だった。当時、隠岐諸島の4島は協力してユネスコ世界ジオパークの認定を目指しており、その取り組みの一環として、ガイド団体の立ち上げが急務となっていた。こうして現在の(一社)隠岐ジオパークツアーデスクの前身となる民間団体が設立され、斎藤さんはその立ち上げメンバーの一人として大きな役割を果たすことになる。
「当時は結構危機感を感じていました。このままだと島の人口がさらに減って、いずれ島自体が立ち行かなくなるんじゃないかと思って。実際にはそこまで深刻な状況ではなかったのかもしれませんが、都会に住んでいた経験があったからか、極端に人口が少ないという現実が余計に不安を煽ったのかもしれません。なんというか、変な使命感みたいなものを持っていて、『この島を有名にしなきゃ』みたいな思いが強かったですね」
ガイド育成に取り組む中で、斎藤さんが直面したのは、アルカリ流紋岩などの専門用語の壁だった。専門的な内容が多く、どのようにして観光客にわかりやすく伝えるかに頭を悩ませたそうだ。
「解説方法については、比喩表現を使って説明したり、色々と試行錯誤しました。専門用語をそのまま説明しても、一般人にはピンと来ないんですよね。でも最終的には、『百聞は一見に如かず』という結論に至りました。実際にその景色を見てもらうのが一番なんです。言葉で説明するよりも、目の前に広がる壮大な風景や岩肌を見た瞬間に、自然の凄さやその魅力が直感的に伝わる。そこからさらに詳しい解説を加えることで、興味や理解が深まっていくんだと思います」
この気づきが、現在提供されている洞窟や断崖絶壁を巡るシーカヤックツアーやトレッキングコースの礎となった。訪れる人々が実際に目で見て、肌で感じることができる体験型プログラムを充実させることで、隠岐の自然と文化の魅力をより深く伝えている。
ツアーデスクでは教育にも力を注いでおり、地元の学校教育のプログラムの一環として、子どもたちに隠岐の魅力を伝えている。島の自然や文化を学ぶことは、ただの知識の習得にとどまらず、子どもたちに地元愛を醸成させると同時に、未来の観光業や地域振興に携わる人材を育てるきっかけになるからだ。
「子どもたちが地元の自然や文化を理解し、その価値を認識することは、島の未来を築く上で非常に重要なことだと思います。これからは若い世代が観光業にもっと参加し、隠岐の魅力を広げていってほしいです。」
ジオパークの取り組みは、単に観光地を宣伝するだけでなく、地域全体の未来を見据えた持続可能な発展を目指している。斎藤さんの活動は、その中心にあり、隠岐の自然と文化を次世代につなぐための大きな役割を果たしている。
「人が旅行する目的は、日常とは異なる景色や文化、食べ物、体験を楽しみ、記憶に残る経験を得ることだと思います。隠岐ジオパークの魅力は、そういった非日常の経験に加え、火山活動が生んだ大地の記憶や独特の生態系、島流しの歴史といった深いテーマが重なり合っている点にあります。すぐにすべてを理解するのは難しいかもしれませんが、まずはこの島の絶景を目に焼き付け、心に刻んでもらえれば嬉しいです。そしてその記憶が、やがて好奇心となり、隠岐の物語をもっと知りたい、もう一度訪れたいという気持ちへとつながればいいなと思います」
景色を楽しむだけでも、自然の中で静かなひとときを過ごすだけでも、それは立派な隠岐の楽しみ方。それぞれのペースで、それぞれの視点で、隠岐の自然と文化を堪能してみてください。その旅が、きっと忘れられない思い出となるはずです。
My Favorite ー隠岐の島の生活を彩る、ご当地食材と飲食店
塩の浜の海辺で行うBBQがお気に入りです。海で思いっきり遊び、新鮮な隠岐の食材を楽しむ。満天の星空の下で行う夜のBBQも好きですね。特に、夏が旬の岩ガキやサザエ、アワビなどのご当地食材は、どれも格別な美味しさです。
実は、隠岐ではちゃんぽんを提供するお店が多いんです。中でも隠岐空港にあるライトハウスという飲食店のちゃんぽんが好きですね。観光客にも大人気で、隠岐を訪れるならぜひ試してほしい一皿です。
ただし、隠岐の飲食店は数が限られているため、旅行の際には「どこを訪れるか」だけでなく、「何を食べるか」を事前に計画するのがおすすめです。隠岐のグルメを楽しむためは、事前に飲食店を予約しておくと安心ですよ。